【福岡2021インタビュー produced by 福博ツナグ文藝社】第5回 テーマ「建築とデザイン」

【福岡2021インタビュー produced by 福博ツナグ文藝社】第5回 テーマ「建築とデザイン」

2021.9.30

ゲスト:青木仁敬さん
(建築家・株式会社仁設計 代表)

福岡市在住の “街と人をつなぐ” イベントコーディネーター・ライター 西山健太郎(非営利団体福博ツナグ文藝社 事務局長兼編集長)が、各界のスペシャリストをお招きして、現在の活動やこれからの展望についてお話を伺う【福岡2021インタビュー】。

第5回のテーマは「建築とデザイン」。ゲストに建築家・株式会社仁設計 代表、青木 仁敬(あおき とよたか)さんをお迎えします。

まず、初歩的な質問なのですが、「建築家」と「デザイナー」の違いについて教えていただけますか?

建築家もデザイナーも、「オブジェや立体制作物が設計できる」という点では共通しています。

その一方で、そうした建造物について、その中で人が寝泊まりしたり、働いたりといった、いわば生活行為を行うものについては「建築物」と呼ばれ、その設計にあたっては、能力が公に認められた者が行うことが、概ね世界共通の規範となっています。

「建築士」という資格があるのはそのためで、「建築物の設計にあたっては、1名以上の建築士が責任をもって行う」ことが、各国の法律で定められており、建築家にはそうした社会的責任が課せられているというのが、デザイナーと大きく違う点です。

そのうえで、多くの建築プロジェクトでは、建築家とデザイナーの両者が参画し、それぞれの専門性や特性を発揮しながら、建築やインテリア、空間を作り上げています。

両者が建築を作る上での違いは、「専門性をどこで発揮するか」というところだと思います。建築家はカメラでいうところのズームイン・ズームアウトを繰り返すような思考や目の動きが特徴的です。まだ建築物が出来上がっていない設計の段階で、コンセプトレベルでの抽象的な思考、構造、そしてディテールに至るまで、一貫性と調和を図っていきます。

一方で、デザイナーにとっては、コンセプトメイキングも重要ですが、何よりもビジュアルとそれが生み出す効果に重点が置かれます。肉眼によるズームインの精度が高く、私のイメージでは、彼らは可視領域ギリギリまで見えていて、より完璧なデザインが可能です。建築の場合は、他者である職人さんの手で作られますし、例えば木材であれば、湿気で膨張・収縮しますので、人にもよりますが、私の場合はディテールであっても1~2mmぐらいまでが、建築を設計する場合の最小単位になってきます。

そして、デザイナーごとに得意分野がありますので、建築家としては、良いものを作るためのイメージが共有でき、さらには多種多様なアイデアが湧いてくるようなデザイナーと組むことも重要です。

ご自身で代表作だと思われる建築はありますか?

私は九州・山口をはじめとする国内と、台湾・中国などの海外で建築家としての活動をしているのですが、日本での代表作は、故郷である太宰府で作った『九州ヴォイス』です。太宰府天満宮の参道脇から伸びる小鳥居小路という通りにあり、築100年くらいの古民家をリノベーションして作った、地域アンテナショップなのですが、通りに面して大きく口を開いた蔵のような外観で、「日本の伝統建築」に「世界に通じるモダニズムの建築言語」を融合させたデザインを取り入れています。連続する鳥居のような構造兼照明装置を一階の空間に配置し、柱のないユニバーサルスペースでありながらも、外から中へと導いていくようなシークエンス(連続性)を演出したことも特徴です。

海外では、中国・浙江省にある離島において、『青木暖陽』という、訳あって私の名を冠した、4階建てのプチホテルを建設中です。ビーチに面した斜面地の麓に建てられ、ダイアモンドカットのような立体造形に、市松模様の外壁を合わせた前衛的な外観になっています。バルコニーやエントランスアプローチの吹き抜けなど、屋内外の空間が立体的に組み上げられており、完成後はその名称とも相まって、私の代表作になると思います。

現在、独立して6年目になるのですが、最初の5年間は九州各地と中国大陸において、およそ半々の比重で建築や様々な分野のデザインを手がけてきました。コロナ渦に突入してからは日本の比重が大きくなり、敷地を見に行けないので海外での新規の設計はなく、すでに着手済みだった中国での建築現場については、現地のチームと遠隔でやり取りしながら工事を進めています。また、日本の仕事も海外プロジェクトで培った遠隔ノウハウを活かしながらオンラインとオフラインを組み合わせて対応しています。

そもそも、青木さんが建築家を志したきっかけについて、教えていただけますか?

私の祖父は日本初のアーチ・ダムの設計などに携わった電力土木技師、父は新幹線の騒音軽減などを研究する流体音響学の専門家であり、そうした工学系のプロフェッショナルが身内にいて、自分自身は全く別の分野を極めて、祖父や父と語り合いたいと子どものときから思っていました。

ティーンエイジャーの頃は、デザインというより、ものづくり全般が好きで、九州大学の建築学科に入った当初は、構造のエンジニアか音響設計者になりたいと思っていました。そうしたなか、大学での設計課題を通じて、企画・計画・設計を一貫して考えてプレゼンテーションすることに面白さを感じ、建築家の仕事に興味を持ちました。実体験を得たいと思い、大学3年生のときに興味を持っていた集合住宅の設計に強く、国際的な見識を持った、ある建築家の先生の事務所でインターンとして働かせていただきました。そこで、建築家という職業・役割には大学時代の自分の想像を超えた多様性があることを知り、この世界に興味を持ち、その方にずっとへばりついて勉強させていただきました。

その建築家の先生というのが、私と同じ九州大学出身で、東京都立大学、コロンビア大学で建築を学ばれ、その後、ニューヨーク、台北を経て福岡を拠点に活動されている、松岡恭子さんです。

大学3年生のときから数えると7~8年間、傍で学ばせていただいて、福岡や台湾での集合住宅の建築設計に始まり、コミュニティバスのデザインや、行政の景観審議委員会など多様なプロジェクトを担当させていただきました。最初にお話しした、「分野やスケールを横断して一貫・調和させていく」という建築家の特性を地で行っておられ、「建築を作らずとも建築家たり得る」といいますか、才能を発揮して世の中の役に立つ建築家像を体現されていらっしゃる方です。独立した現在も、前職で松岡さんと一緒に立ち上げたNPO法人福岡建築ファウンデーションのメンバーとして、師弟関係とはまた違った形で協働しています。

建築家として活動するなかで、印象に残っている思い出はありますか?

ちょっと重い話になりますが・・・(笑)。人間誰しも、多かれ少なかれミスはあるものですが、「仕事において、自分の行動に責任をとれるか」という観念は、とても重要なことだと思っています。

若手の頃、私が仕事のプロセスを間違えて、現場で問題が起きたときに、上席の方々がバッと集まって解決してくれたことがありました。そのとき、ミスしたときの解決の仕方を知らない自分に気が付いたのです。

責任を取れない場合、ミスしないことが最大の貢献の1つになりますが、「自分の仕事に責任を持つことが建築家としての使命であり、責任を持った状態でないと建築家としての成長は見込めない」と悟り、そこから、「一刻でも早く独立したい」という思いが強くなりました。そして、同世代では恐らく最短となる25歳で一級建築士免許を取り、29歳で建築士事務所登録をして独立しました。「都市に長く責任をもって関わる建築家になろう」という気持ちは今でも常にあり、そうした思いで活動を続けています。

仕事をするうえで大事にしていることや心がけていることはありますか?

日本国内では小粒でも質の高い仕事をすること、海外では大胆に建築をつくる喜びを表現することを心がけています。

また、「光」に関しては人一倍、のめり込んでデザインに反映して行こうと思っています。照明デザイナーの妻と一緒に建築を作っているということもあるのですが、かつて谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」で書かれていたような、日本人ならではの光や素材への感性を呼び起こすような建築にチャレンジしていきたいです。

また、国境に最も近い、福岡という街の未来を考えるとき、「国際都市」というキーワード・概念を看過することはできません。インバウンドとアウトバウンドといった両方の視点が持てる建築家を目指して、日本のデザイン技術を海外で適用したり、海外の投資家のプロジェクトを九州で行ったり、といった双方向の活動は、必ず将来福岡という街のために役立つと信じて継続しています。

最後に、これからの抱負・夢について教えてください。

私が主宰する仁設計では、現在、建築家・照明デザイナー・グラフィックデザイナーが在籍していまして、今年は建築学の知識とイラストレーションのスキルを持った人材も入社しました。メンバー全員の技術を結集した「いざ鎌倉!」というような建築づくりもさることながら、21世紀らしい多様性に対応できる設計事務所を目指していきたいと思います。

また、街全体と調和した建築物を生み出すだけでなく、その一棟の建築物によって街や環境の雰囲気を一段階も二段階も引き上げてしまうような、そうした魔法のようなことができてしまうのが、超一流の建築家とデザイナーのなせる業です。グーグル新社屋、ロンドン五輪の聖火台、上海万博の英国パビリオンなど、数々の独創的なプロジェクトを手掛けてきたトーマス・ヘザウィックもそうした人物の一人で、斬新なコンセプトと発見に満ちた造形は、異能集団である彼の事務所「ヘザウィック・スタジオ」に裏付けられています。私は、そうした象徴的な仕事ができるクリエイティブチームを構築し、そして街やそこに暮らす人たちが活気づくような建築が生み出せる建築家になりたいです。


――本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。今後ますますのご活躍を期待しています。

【関連リンク】
仁設計 公式HP  https://www.jindesign.co.jp/

※本稿は、毎週月曜夜9時にClubhouseにて配信中の『月9福岡応接間 produced by 福博ツナグ文藝社』を編集・再構成したものです。

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