【福岡2021インタビュー produced by 福博ツナグ文藝社】第3回 テーマ「BAR文化とウイスキー」

福岡のまち

ゲスト:樋口一幸さん
(Bar Higuchi オーナーバーテンダー)

福岡市在住の “街と人をつなぐ” イベントコーディネーター・ライター 西山健太郎(非営利団体福博ツナグ文藝社 事務局長兼編集長)が、各界のスペシャリストをお招きして、現在の活動やこれからの展望についてお話を伺う【福岡2021インタビュー】。

第3回のテーマは「BAR文化とウイスキー」。ゲストに福岡・中洲のオーセンティックバー「Bar Higuchi」のオーナーバーテンダー、樋口一幸さんをお迎えします。

バーテンダーになったきっかけについて教えていただけますか?

お客様からもよく聞かれるのですが、大きく分けて3つの理由があります。
一つ目は、私自身が単なる夜型ではなく「超夜型」だということ。夜が更けるほど、頭も体も活性化するといいますか、子どもの頃からそうした体質で、昼型ではない仕事というのは必然的に限られてきますよね。
二つ目は、小さいころからぜんそくやアレルギーを持っていて、夜中などに人の助けを借りなければならないことに良心の呵責を感じ、早く自立した大人になりたいと思っていました。そうしたなかで、自分一人でも仕事ができるバーテンダーという選択肢が目に入ったのだと思います。
三つ目は、そもそも組織人には向いてないという自覚でしょうか。良いも悪いも全てが自分の責任となる働き方にあこがれていました。
そうした要素が組み合わさって、バーテンダーという仕事に就いて30年余りが過ぎましたが、まさに天職だと思っています。

修業時代のエピソードをいくつか教えていただけますか?

私の師匠は、中洲大通り沿いの中洲交番前にある「ニッカバー七島」の創業者でありオーナーバーテンダーの七島 啓(ななしま けい)さんです。師匠のイメージは、どちらかというと「バーテンダー」というより「商売人」という方が近いですね。89歳の今でもお店に立たれていますが、庶民的な感覚を大事にされ、いつも笑顔で偉ぶらない、常にお客様を第一に考えていらっしゃいます。そうした七島マスターのお人柄に触れるために「ニッカバー七島」を訪れるというお客様も少なくありません。「ニッカバー七島」にお世話になった10年7か月の間に、「BARは、お酒を嗜む場であると同時に、親交を育む場」だということを、身をもって知ることができました。
年賀状と暑中見舞いは自作して、一番多い時期は3500枚ほど宛名書きから自筆で書いていました。そこへお客様のお顔を思い浮かべながら一筆したためるといった地味で目立たない積み重ねこそが、商売をする上でとても大切であることを学びました。
また、師匠からは「仕事」への向き合い方と同時に「遊ぶこと」の大切さも学びました。

「旅行、映画、読書、外食といった遊びの中に、店づくりやサービス向上のヒントがある」

と、常々おっしゃっていました。社員旅行で、日本国内だけでなく、ハワイやイタリアにも連れて行っていただき、とても貴重な経験をさせていただきました。

そして、「ニッカバー七島」での修行を経て独立され、「Bar Higuchi」を開店されるわけですが、経営者としてのご苦労はなかったですか?

現在の場所で「Bar Higuchi」を開業して、おかげさまで今年の12月で20周年を迎えます。
独立した時期を思い返しますと、店舗の場所もすぐに見つかり、「ニッカバー七島」で店長を任されていてある程度経営に関する実感を得ていたので、実はあまり不安はありませんでした。また、開店早々に、いまや「Bar Higuchi」の二大看板メニューとなっている、特製モスコミュールとカツサンドが定着したのも大きかったですね。
私自身、BARで一番大事なのは、その店の「期待感」だと考えています。そのお店でしか味わえない何か・・・それは品揃えであったり、会話だったり、時間や空間だったりする訳ですが、私たち店の者が努力して用意出来るのは半分。もう半分は、お客さまとの細やかなやり取りの中から生まれてきます。『客層』が取り沙汰されるのも、その理由からでしょうか。そうした小さな積み重ねが、店の空気や期待感を形作っていくのではないかと思います。

BARの経営だけでなく、「ウイスキートーク福岡」というイベントも手がけていらっしゃいます。

「ウイスキートーク福岡」は、ブースでの試飲、有料・無料のセミナー、そしてオリジナルボトルの販売という3本柱で構成される、ウイスキーの魅力に触れていただくための「九州最大のウイスキーの祭典」です。
2019年6月、福岡市渡辺通の電気ビル共創館で10回目の開催を迎えましたが、1日で1900名を超えるお客様がご来場されました。その1/3が九州外からのお客様、そして約1割が香港や台湾、韓国、シンガポールなど海外からのお客様でした。
とはいえ、最初からそうした規模で行っていたわけではなく、第1回の参加者は70名程度。埼玉県秩父市のベンチャーウイスキー社が製造する「イチローズモルト」を知り・学ぶためのセミナーと試飲会からスタートしました。
国内では、サントリー社が2008年あたりからハイボールの普及・宣伝活動を開始したり、2014年9月から翌年3月にかけて、ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝の生涯を描いたNHK連続テレビ小説「マッサン」が放送されたりしたことも追い風になり、次第にウイスキーの消費が戻ってきました。世界では、2019年8月、1985~2014年に製造されたイチローズモルトの「カードシリーズ」54本セットが719万2千香港ドル(約9750万円)で落札されるというニュースもあり、ジャパニーズウイスキーの大人気ぶりに拍車がかかっている状態です。

そうしたジャパニーズウイスキーの生産拠点が九州内にも広がっているそうですね。

焼酎の消費量が47都道府県の中でNO.1の鹿児島県は、実はウイスキーの消費量がワーストの県でもあります。しかし、「蒸留」の知見を多く持つ鹿児島県では現在、3つの蒸留所がウイスキーの製造を行っています。
また、今年1月に、大分県竹田市の「久住蒸留所」がウイスキーの製造免許を取得。3年越しの準備が結実しました。
スコットランドにはビジターセンターを備えた蒸留所がたくさんあり、地域の重要な観光資源となっています。これから九州各地の蒸留所がそうした役割を担うことも期待したいところです。

コロナ渦の状況においても、新たな取組を各方面で進めていらっしゃいますね。

店で一番時間を費やして取り組んでいるのがメニューのデジタル化です。毎日のようにNEWリリースのボトルが届くため、紙のメニューはすぐに間に合わなくなってしまいますし、作り直すことが存外容易ではありません。私の店には、ウイスキーが2500本、その他の蒸留酒を合わせると3000本を超えるボトルがあり、そうしたボトルごとの特徴や味わい、価格などの情報が多言語で一覧できることは、店側とお客様の側の双方にとって重要なことだと考え、1本1本写真を撮り、紹介文を作っています。

店の営業以外では、今年4月から、福岡・天神の百貨店「岩田屋」の大人の学びのためのプログラム「学 IWATAYA」でウイスキー講座の講師を担当しています。また、5月からは福岡と釜山を結ぶ新型高速船「クイーンビートル」のアッパークラスにあたるビジネスクラスにおいて、サンセットクルーズ限定でバーを開設し、カクテルやウイスキーを提供しています。そうしたシチュエーションでのチャレンジや、民間企業との協働は、いずれ大きな意味を持つのではと考えています。

また、京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)の審査員を2019年の第1回から担当しています。TWSCは、日本国内で流通しているウイスキー・スピリッツのほか、世界中のあらゆる蒸留酒を審査・評価する日本で唯一の品評会です。高品質なウイスキーとスピリッツを国内外に広く知っていただく役割の一つを与えていただいていることに、責任とやりがいを感じますし、その適正なジャッジに資するように感性と知性を磨いていきたいと考えています。

最後に、樋口さんの今後の抱負や夢を教えていただけますか?

ITやAIがビジネスの主流を占めてくるこれからの社会では、「スキル」より「センス」がより重要になってくると思います。
一般社会に「役に立つもの」ではなく、自分にとって「意味があるもの」に価値を感じる・・・言い換えると、他人がどうであれ、自分の価値観や知的好奇心を軸にして、自身の内面を充実させることに喜びを見出す人が増えるような気がします。周りの人と同じようにすることが、必ずしも自分の幸せとなる時代では無い・・・BAR文化に引き寄せて言うと、ウイスキーや葉巻など一見とっつきにくそうに感じる世界こそ、その何かを満たしてくれるであろう奥深さと豊かさを内包している、ということではないかと思います。
Bar Higuchiでの営業はもちろんですが、店外で行うイベントでも、現代アートやさまざまな音楽などと交流することで、それぞれのお客さまの愉しみのきっかけを提供できれば、という気持ちで創造と工夫を心がけています。声なき声に耳を澄ましながら、より善い仕事ができるように努めてまいりたいと考えています。


――本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。樋口さんの今後ますますのご活躍を期待しています。

【関連リンク】

Bar Higuchi 公式HP
http://www.bar-higuchi.com/

ウイスキートーク福岡 公式HP
https://www.whiskytalk.net/

東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)
https://tokyowhiskyspiritscompetition.jp/

※本稿は、毎週月曜夜9時にClubhouseにて配信中の『月9福岡応接間 produced by 福博ツナグ文藝社』を編集・再構成したものです。

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